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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)10265号 判決 2000年6月09日

原告

松原猛

被告

泉証券株式会社

右代表者代表取締役

元田喜嗣

右訴訟代理人弁護士

中祖博司

山田長伸

髙橋直子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告

1  原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

2  被告は原告に対し、二八五万六〇〇〇円及び平成一一年九月二〇日以降本判決確定に至るまで毎月二〇日かぎり、一〇万二〇〇〇円の支払をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第2項について仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文同旨の判決を求める。

第二事案の概要

本件は、被告との間で期間を一年とする営業嘱託契約を締結していた原告が、被告から契約更新を拒絶されことについて、更新拒絶には解雇法理が適用ないし類推されるとして、その無効を主張し、従業員たる地位の確認と賃金の支払を求めるものである。

一  争いのない事実等

1  当事者等

(一) 被告は有価証券の売買等を目的とする株式会社である。被告は、昭和五七年一〇月、合併前の泉証券株式会社(本店所在地、大阪、以下「旧泉証券」という。)と田口証券株式会社(本店所在地、東京、以下「旧田口証券」という。)が合併した会社であり(<証拠略>)、大阪市中央区北浜に大阪本部を設けていた。大阪本部は、平成一一年一〇月一二日、大阪支店と北浜支店に組織変更された。

被告には、営業業務に従事する者として、大別して、営業担当の社員(社員外務員)と歩合外務員の二者が存在する。前者は、被告との間の雇用契約に基づき、被告の指揮監督のもとに営業業務に従事する者であり、他方、後者は、被告との間の歩合外務員契約に基づき、被告からの委任のもと、営業業務に従事する者である。なお、歩合外務員についても、法律上、いずれかの証券会社に所属し、日本証券業協会に外務員登録したうえで、その業務に従事することとされている。

(二) 原告は、昭和六三年一二月一日、被告との間で、期間を一年とする営業嘱託契約を締結した((<証拠略>)。その後、原告と被告は、右営業嘱託契約を一年ごとに更新し、平成八年三月一日、期間を平成九年三月三一日までとする営業嘱託契約を締結した。

2  更新拒絶

被告は、原告に対し、平成九年三月三一日付をもって、契約期間満了により、営業嘱託契約を更新しない旨の意思表示を行った(<証拠略>、以下「本件更新拒絶」という。)。そして、被告は、原告に対し、平成一〇年一月一六日、念のために、解雇予告手当として、一八万四二五七円を支払った。

3  本件更新拒絶に至る経緯等

(一) 旧泉証券は、昭和五二年一〇月、営業研修社員の制度を設けたが、これは、契約期間(査定期間)を三か月に限定し、その間の営業成績によっては、雇用期間の定めのない社員(以下「正社員」という。)への登用の途を開くこととし、他方、営業成績が芳しくない場合には、営業研修社員契約が打ち切られ、三か月間の嘱託契約期間を経て、被告との契約関係が一切終了するという制度である。

また、旧泉証券は、昭和五四年三月、右営業研修社員とは別に、営業特待社員の制度を新たに設けた。これは、後者は、歩合外務員育成を目的とし、契約期間を三か月とし、かつ、営業成績に比例する報酬を支払うほか、毎月一定の保証額が被告より支給されるものとされ、営業成績が芳しくない場合には、営業研修社員と同様、営業特待社員契約が打ち切られ、三か月間の嘱託契約期間を経て、被告との契約関係が一切終了するものとされる制度である。

その後、昭和五六年六月に、日本証券業協会が、「証券従業員に関する規則」を、歩合外務員は証券業務従事歴一〇年以上の者でなければならない旨改正したことから(<証拠略>)、これに伴って、昭和五九年九月、被告においても、従前の制度が見直されることとなり、その結果、営業特待社員の制度が廃止されるとともに、営業成績によって社員への登用の途が残される営業研修社員Aと歩合外務員への途が残される営業研修社員Bという制度に変更された。

旧田口証券においては、昭和五六年一〇月、右日本証券業協会の規則改正を受け、歩合外務員育成のための制度として、契約期間を一年とするとともに、契約の更新回数は九回までとし、かつ、その間、営業成績に比例する報酬を支払うほか、毎月一定の保証額が被告より支給されるという営業嘱託制度を設けた。

(二) 昭和五七年一〇月の旧泉証券と旧田口証券との合併により、その後、大阪地区においては旧泉証券の制度、東京地区においては旧田口証券の制度が併存することとなったが、昭和六三年には、営業嘱託の制度に一本化された。その後、営業嘱託の制度自体、平成九年六月を以って全て廃止されるに至った。

(三) 原告は、被告に旧泉証券の制度と旧田口証券の制度が並存した昭和五九年六月、被告との間で、営業研修社員契約を締結した。しかし、原告の営業成績が芳しくないという理由で、昭和六〇年五月、営業研修社員契約が打ち切られるとともに、三か月間の嘱託契約期間が設けられた。そして、その間、原告において一定の営業成績をあげることができたため、改めて昭和六〇年八月、原告本人の希望により、営業研修社員Bの契約を締結することとなり、その後、昭和六三年一二月まで同契約が更新された。

(四) 昭和六三年の営業嘱託制度への一本化により、原告と被告は、同年一二月、営業嘱託契約を締結した。その後、原告と被告との間の営業嘱託契約は、五回にわたって更新されたが、平成六年六月には、原告の証券業務従事歴が一〇年を超えることとなったので、被告は、同年五月ころ、被告に対し、同年七月以降は、歩合外務員契約を締結することを申入れ、原告は一旦これに同意したが、同年七月一日の契約当日になって、原告は、被告に対し、営業嘱託契約の更新を申し出、原、被告間で協議を重ねた結果、原告の申し出どおり、右営業嘱託契約を期間一年として更新することとなった。

(五) 被告は、平成七年二月ころから、原告に対し、平成七年六月を以って営業嘱託契約を終了し、歩合外務員契約を締結することを要求した。原告はこれを一旦承諾したが、同年六月三〇日になって、営業嘱託契約の更新を申し出るに至った。被告はこれに難色を示し、原告に対して、歩合外務員契約の締結に応じないときは退社扱いとなるとして退社手続を求め(<証拠略>)、その後、同年八月三日には、同年九月三日付けで営業嘱託契約を解除する旨の意思表示を行ったりしたが(<証拠略>)、原告の抵抗に会(ママ)い、結局、平成七年一一月二二日、契約期間を同年一二月一日から一年間とする営業嘱託契約を締結した。その後、平成八年四月一日付を以って、営業嘱託契約書の内容が一部変更(報酬の支払に関する条項部分の変更)となるに伴い、原告と被告との間においても、同年三月一日、新たな営業嘱託契約書(<証拠略>)でもって、契約の締結手続を行い、その結果、契約期間は、同年四月一日より平成九年三月三一日までの一年間に変更された。

(六) その後、原告の毎月の手数料は、平成九年二月までの間、平成八年四月を除き、五〇万円に達することはなかった。そこで、被告は、平成九年二月二〇日、原告に対し、原告の手数料実績が平成八年四月を除き五〇万円に達していないとの事実及び平成八年八月以降は二〇万円以下であるとの事実を指摘し、平成七年九月七日には大阪人事課長から五〇万円以上の手数料を上げるように話をし、平成八年一一月二九日にも同年八月以降の手数料が不振であるからこのままでは営業嘱託契約の更新は不可となると勧告したが、その後改善していないので、向後改善の見込みがないときは、契約解除の対象となると記載した書面を送った(<証拠略>)。しかし、原告の毎月の手数料は、その後も五〇万円に達しなかった。そこで、被告は、原告に対し、同年三月三一日、「本日を以って、営業嘱託契約は期間満了により終了する」旨通告した(<証拠略>)。

4  賃金又は報酬

(一) 営業嘱託の場合

契約書によれば、報酬として、基本給、加給、比例給、交通費、賞与を支払うものとされており、平成八年三月の契約では、基本給が八万円、加給は二〇歳以上一年につき一万円を加算し、七万円を限度とする、比例給は前月手数料収入を基準に、三〇万円を超える部分の一〇パーセント、七〇万円を超える部分の三〇パーセントとする、賞与は、前六か月の手数料収入の三五パーセントから既支払報酬を差し引いた残りの範囲内で個別に決定するとされている。

(二) 歩合外務員の場合

手数料収入の四〇パーセントである。

二  争点

1  本件営業嘱託契約に解雇法理が適用ないし類推されるか

2  更新拒絶に合理的理由があるか

3  原告に支払われるべき賃金額

三  争点に対する主張

1  争点1について

(一) 原告

本件営業嘱託契約は雇用契約であり、昭和六三年の契約以降平成九年三月まで反復更新したものであるから、期間の定めのない雇用契約となったものである。従って、解雇法理が適用され、解雇には合理的な理由が必要である。

仮に、本件営業嘱託契約が期間の定めのない契約となっていないとしても、右反復して更新されたことからすると、解雇法理が類推されるもので、更新拒絶には合理的な理由が必要である。

(二) 被告

本件営業嘱託契約が、雇用契約たる性格を有するのか、委任契約(ないし委任類似の契約)たる性格を有するのかについては、契約ないし採用・人事管理の形態のみならず、契約当事者間に実質上使用従属関係が認められるのか否か、換言すれば、使用者たる被告の指揮監督の下に労務提供がなされ、一般的な指揮監督下に組み込まれていると評価しうるか否かにより判断されるべきものである。そして、被告における営業嘱託契約については、契約ないし採用・人事管理の形態の外、業務遂行過程における指揮監督関係の有無、時間的・場所的拘束性の有無、営業費用の負担の有無、報酬の性質、退職金制度の有無等いずれの観点からみても、歩合外務員契約と同様、委任契約の本質を有するものであり、雇用契約ではない。従って、解雇法理が適用又は類推される余地はない。

また、営業嘱託制度が、歩合外務員は証券業務従事歴が一〇年以上の者でなければならないという日本証券業協会の規則改正を受けて、更新回数を九回に限定して設けられた歩合外務員育成のための制度であり、平成七年以降、一年限りとして更新し、平成八年三月三一日の最終更新時にも、営業成績を改善しなければ更新しないと告知しているから、その更新を繰り返したことによって、本件営業嘱託契約が期間の定めのないものに転化したり、これと実質的に異ならないものになったとはいえない。

2  争点2について

(一) 原告

被告は原告が手数料五〇万円をあげなかったことを更新拒絶の理由としているが、そのノルマは原告だけが絶対にあげなければならないというものではない。原告以外の営業嘱託社員や歩合外務員の中にも月五〇万円の手数料をあげていないものは多数存在する。そして、それらの者については契約更新がされている。したがって、本件更新拒絶は、合理的な理由がなく、権利の濫用である。

(二) 被告

原告の主張は争う。原告以外の営業嘱託社員や歩合外務員に原告に匹敵するほど営業成績の悪い者はなく、一時、手数料収入をあげることができない場合があっても、その後改善している。

3  争点3について

(一) 原告

原告の賃金は、毎月末締め、翌月二〇日支払であり、基本給一五万円及び家族手当二万円の支給を受けていた。そして、休業の場合、労働基準法によりその六割である月額一〇万二〇〇〇円が保障されるべきであるから、被告は、原告に対し、平成九年五月から平成一一年八月までの二八か月分二八五万六〇〇〇円と同年九月以降毎月一〇万二〇〇〇円の支払義務がある。

(二) 被告

原告の主張は争う。被告に支払義務はない。

第三裁判所の判断

一  争点1について

1  本件営業嘱託契約が、雇用契約か否かについて検討するに、営業嘱託制度は、前述のとおり、日本証券業協会の規則改正により、証券業務従事歴一〇年未満の者について歩合外務員として契約できないこととなったため、歩合外務員育成のための制度として設けられたものであり、その制度の趣旨からすれば、当然に営業嘱託契約を締結した者に対する被告の指揮監督が要求され、営業嘱託契約書にも出社義務や報告義務が明記されており(<証拠略>)、人事課長下村啓介において、午前八時五〇分から午後四時までの営業専念、出勤簿の押印、時間中の外出や休務について届けを出すように指示するなど(<証拠略>)、現実に指揮監督がされており、また、報酬については、前述のとおり、固定給部分が存在している。これらによれば、本件営業嘱託契約は雇用契約であるというべきである。

2  そこで、本件営業嘱託契約が、その更新の繰り返しによって、期間の定めのない契約に転化し、あるいは、実質的にこれと異ならないものとなったかどうかについてみるに、営業嘱託制度が、日本証券業協会の規則改正により、証券業務従事歴一〇年未満の者について歩合外務員として契約できないこととなったため、更新回数を限定して、歩合外務員育成のための制度として設けられたものであるから、歩合外務員となる資格が得られた後には、歩合外務員契約を締結することが予定されたもので、制度自体、歩合外務員となる資格が得られた後まで、更新することを予定したものではない。原告もその制度の趣旨は了解して契約したものである。そして、前述のとおり、原告は、平成六年の契約更新においては期間を一年とする旨を告げられており、平成七年には、原告が歩合外務員契約に応じないことから、被告において契約解除の意思表示をする事態になり、結局、被告において、右契約解除を撤回したが、その際、被告は営業成績の向上を強く求めた(<証拠略>)。被告は、平成八年三月一日の契約更新時においても、手数料収入が月額五〇万円を超えない場合は更新しない旨を伝えている(<証拠略>)。そして、原告は、その後、平成九年二月までの間、一か月を除き、手数料収入五〇万円以上をあげることができなかった。

以上に鑑みれば、本件営業嘱託契約について、原告に更新の客観的期待を与える事情はなく、本件営業嘱託契約が期間の定めのない契約に転化し、あるいは、実質的にこれと異ならないものとなったと認めることはできない。

原告は、原告に手数料収入五〇万円以上を求めることは更新拒絶の理由とならないと主張するが、営業嘱託制度が、歩合外務員育成のための制度であり、手数料収入が少ない場合でも固定給を支払うものとされており、従業員が一定の手数料収入をあげなければ、それは被告の負担となるものであるから、被告が原告の営業成績不良を更新拒絶の理由とすることは不当なことではない。

二  以上によれば、本件営業嘱託契約は、平成九年三月三一日の経過によって効力を失ったものであるから、その余の点を判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がない。そこで、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本哲泓)

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